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あらゆる音楽へのリスペクトのもと、音と戯れる快感をラディカルに追求するロックバンド。
自由な音の素晴らしきを、有り余ったエネルギーの放出と共に表現する無茶苦茶なライヴを展開中。
意味や理屈はいらねえ!

フランスまで10000km
 
 MEMBER
 
英真也 Vocal + Left Guitar bl tw
畠山健嗣 Right Guitar + Scream bl  
高橋"豚汁"恭平 Antsy Drums + Hightone Voice bl tw
和田茉莉子 Center Bass + Chorus tw  
 
 HISTORY
 
1994年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
東京都多摩市の小学校で英と畠山が出会う。
畠山の出席番号の後ろが英だった。背の順も畠山の後ろが英だったような気がする。
1997年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
このころ初代ベースの相馬航志と仲良くなる。一緒に音楽を聞いたりする。
2000年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
英、畠山と豚汁が同じ中学校に入学し出会う。
豚汁は吹奏楽を小学校の頃から始めていて、すでにドラムが叩けた。
豚汁はサッカー部に入部し、キーパーとなる。
英と畠山と相馬らで足繁くディスクユニオンとブックオフに通うようになる。
2001年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
英、畠山の2人で宅録を始める。「addict」の原型(インスト)が誕生。 時々相馬も参加。
家の近くに練習スタジオがある事を知る。
ロックを知らない豚汁をスタジオに連れていき、無理やり叩かせたり、アンプをフルテンにしたり、
そんな事をしていたらアンプから煙を出してしまい、スタジオのおっちゃんに謝ったり色々やらかす。
コンフュージョン元気かな…
学校の昼食の時間に宅録やスタジオで演奏した曲を流す。
およそ、食事中に聞くものでは無い様な音源だった為、放送委員や担任教師に怒られ、平謝りする。
2002年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
英、畠山、相馬の3人で活動するバンド名を考える。
仮のバンド名であった「ペニスヘッド」が英の父親に「卑猥すぎる!」と怒られたため、「Sexys」になる。理由は「Pixies」みたいなのが良かったから。相馬が部活動中(バスケ部)に命名。
Sexysは後に2枚組のベスト盤を1枚だけ制作。
今聞いてもなかなかかっこいい。
2003年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
調布市の高校に入学した英が現JUGONZの原田卓馬氏に出会う。
当時彼は高校2年生、モヒカンだった。
原田君に「お前達はライブをやらなきゃ駄目だ!」と強く言われ、彼企画のライブに出演する事になる。
ライブハウスに出るという概念がなかった我々は、あたふたする。
バンド名決めに難航する。
「発光ダイオード」「france bed」を経て、
「Far France」に決定。
英、畠山、相馬のFar Franceとしての初ライヴは畠山がドラムを叩く。豚汁は客席にいた。
なぜか、ライブハウスの人に各項目10点満点の採点シートで評価される。「演奏力」は4点「オリジナリティ」は2点だった
初ライヴが結構しょぼかったので、結局豚汁をドラムに迎え入れる。畠山がギターになる。
4人になったFar France。
2〜3カ月に1度くらいのペースでライヴ活動をする。
拠点は国分寺、八王子など。
当時はクラムボンやNumber Girl、PIL、じゃがたら、MOSTなどのカバー,オリジナル曲を数曲やっていた。
2004年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
豚汁抜きの3人で「ヤッターマン」が結成される。
畠山がドラムでハナフサがベースボーカル。相馬がギター。曲は「no war」「姉ちゃんが巨乳」「すげーパーマ」など。ハードコア風のバンドだったが、
二度のライブを経て解散。
Far Franceで自主音源「ヤングep」
という音源を作る(現在廃盤)。
一曲目の「チーター」という曲で畠山の高校にいたヘビメタ野郎の名前を絶叫している。
2005年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
畠山と豚汁が受験勉強のためにライヴ活動が一旦止まる。
2006年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
3月 受験が終わり、再び活動再開へ。
と思ったらベース相馬が脱退を表明。
餞別として、熟女系のエロ本をプレゼントする。
5月 バンドのサイトに「ベース募集」と掲載
6月 松島昴から加入希望のメールが来る。松島昴と出会う。
「なあなあ契約」をして松島を迎えた新編成へ。
オリジナル曲を活発に制作し、都心へ出て、ブッキング中心の本格的なライヴ活動を始める。
2007年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
1月 自主音源、通称「女房盤」(廃盤)を制作。引きこもり系オルタナサウンド(と後に友人に言われた)。
10月〜12月 自主企画「Waiting For My Men」を3ヶ月連続でお世話になっていた下北沢SHELTERにて行う。
【出演】
YOLZ IN THE SKY/BREAKfAST/水中、それは苦しい/Optrum/JUGONZ/tacobonds/お賽銭泥棒/Teararrararafewsir/ピンクグループ
この時の録音が翌年、ファーストアルバム「LOVE」としてリリースされる事になる。
ライヴの数がだんだんと増えていき、知り合いが増える。
2008年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
2月 「LOVE」を発売。
3月 初めてのツアー。どきどきわくわく。
四日市では対バンがほとんどミクスチャーバンドだった。
その人達に「よくわかんねえけど、カッコ良かったっす!」と褒められる。
4月 「LOVE」リリースツアーファイナル初めてのワンマンライヴを下北沢SHELTERにて開催。
8月 Far France企画「大運動会2008」を新宿LOFTにて開催。
【出演】
ミドリ/KING BROTHERS/nhhmbase/嘘つきバービー/ZOOBOMBS
チケットソールドアウト。熱気がすごかった。
秋頃から吉祥寺のGOK SOUNDにてレコーディング作業。英は、1週間の作業のうち4日同じラーメン屋に通う
2009年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
1月 約一年振りに「Waiting For My Men vol.4」を下北沢SHELTERにて開催。
【出演】
KIRIHITO/fresh!/オワリカラ
2月 初のスタジオアルバム「AHYARANKE」リリース。
3月 マヒルノと共に名古屋・関西にツアーへ。
大阪の打ち上げでYOLZ IN THE SKY、gypsy paradoxの大阪流ノリにあてられて、豚汁がテキーラをキメまくる。
5月 北海道で初めてのライヴ。松島がアイドルばりの大人気。物販飛ぶ様に売れる。英は泥酔
下北沢SHELTERで2度目のワンマンライヴを開催。
畠山、最後の曲でギターの弦を切り、ハンドマイクで叫び続け、ハードコア魂を見せつける。
7月 渋谷O-nestにて「Waiting For My MenVol.5」開催。
【出演】
toddle/Merzbow/Music from the Mars/not great men
9月 新宿LOFTにて一年振りに「DIEUNDOUKAI 2009」開催。
【出演】
DMBQ/LOSTAGE/STAn/BACK DROP BOMB/MELT-BANANA/SuiseiNoboAz
10月 再び北海道へ。札幌にて素晴らしい名前の風俗店を発見。
松島昴が脱退する事が決まる。
11月 松島が脱退。
途方に暮れていたところ、元nhmmbaseの入井昇氏がサポートメンバーにて緊急参加。ライヴ活動続行へ。
2010年 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
5月 ベースに正式メンバーとして和田茉莉子が加入
 

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